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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)4920号 判決

原告 吉村道子

右訴訟代理人弁護士 大野忠男

同 藤田玲子

同 大野了一

被告 辻久美こと 辻くみ

右訴訟代理人弁護士 金谷鞆弘

同 神頭正光

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二七一二万七三六六円及び内二三二八万三五七六円に対し昭和四六年八月一七日から、内一四四万三七九〇円に対し昭和五一年七月一日から、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、次のプロパンガス爆発事故により傷害を受けた。

(一) 発生日時 昭和四六年八月一六日午後一〇時過ころ

(二) 発生地 群馬県群馬郡榛名町上室田字済度北原四〇〇三番地一五六所在の被告所有の山荘(木造亜鉛葺平家建住居、床面積五四・五四平方メートル。以下本件建物という)内のプロパンガス風呂の焚口部分。本件事故発生現場附近の間取りは、別紙山荘間取図記載のとおりである。

(三) 事故の具体的内容

原告は、被告の招待を受け、同日午後四時ころ本件建物へ赴いたところ、同夜一〇時過ころ、被告より他の来客を近くまで見送ってくるから、その間に風呂釜に点火しておいてくれと頼まれたので、右山荘内の台所の一隅に設置されていた自動点火式風呂釜のプロパンガス燃焼装置(以下右燃焼装置を含めた右風呂釜全体を本件風呂釜という)に点火しようとして、第一コック(口火コック)をひねったところ、突然爆発事故が発生し、その熱と爆発力により原告は、傷害を受けた。

(四) 本件事故により、原告は、次のような傷害を受けた。

(1) 顔面、右上肢第二度熱傷

同年九月五日まで通院。前腕内側その他に紅斑を残す。

(2) 瀰蔓性表層角膜炎。

角膜の表層が火傷により混濁。事故前まで左右一・二であった視力が左右とも〇・六に低下し、矯正不能。同年九月三日より約一年間医師の指示で治療。現在なお羞明眼痛が強い。

(3) 左上腕神経叢痲痺

事故直後より爆発力打撲をうけた左上半身のしびれ感が同年一〇月中旬より左上肢知覚運動神経痲痺の症状をていし、電気治療、マッサージ治療を試みるも快方にむかわず、青山外科病院に昭和四七年一月六日より通院、同年二月一日より昭和四九年九月二九日まで入院治療、引き続き国分寺南町診療所に同年一一月九日より昭和五一年二月四日まで入院、現在なお継続して通院治療中。痲痺は将来にわたって回復不能の状態。

(4) 背腰部痛

前記左上腕神経叢痲痺により長期療養期間中不自然な姿勢を余儀なくされたため併発。起居、歩行すべての行動に著しい制限をもたらし現在なお通院加療中。

(5) 後遺症。

左腕三大関節共に自動運動不能。右腕の握力が健康時の三分の一以下に減退。日常生活にも著しく支障をうけておる。脊椎部に二次的変化を来し屡々疼痛を生じ起居歩行すべての動作、諸行動において極度の制限を生じている。右傷害の程度は厚生年金保険法別表第一の二級八号および一三号に該当する。

2  帰責事由

(一) 民法七一七条一項による責任

(1) 本件風呂釜は、本件事故当時、壁にはめ込み式になっていた。仮に、右のようにはめこみ式になったものではなかったとしても、本件風呂釜は、浴室と本件風呂釜の設置してある土間の境の壁をくり抜いて、浴槽に二本の管で接続されている。右浴槽はタイル張りであり、その周囲の壁もタイル張りで、右浴槽は壁に接着して設置してある。

したがって、本件風呂釜は、建物の一部である右浴槽と一体のものであるというべきであって、土地の工作物である。

(2) 原告が本件風呂釜の第一コックをまわした際には、本件風呂釜に欠陥があり、ガスもれがあったため、本件風呂釜内にガスが充満していた。仮に、そうでなく、原告が第一コックを何回かまわしたことにより本件風呂釜内にガスが充満したとしても、右のように第一コックを何回か操作したのは、口火のつきが悪く、一回の操作では点火しなかったからである。

したがって、本件風呂釜に保存の瑕疵があったというべきである。

(二) 民法七〇九条による責任

(1) 本件事故は、被告の過失に基づくものである。すなわち、前記(一)(2)のように、原告の点火操作前に、本件風呂釜内にガスが充満していたために、本件事故が発生したものであるが、右ガスの充満の原因は、本件風呂釜に欠陥があるためにガスがもれたか(右欠陥は、本件風呂釜の所有者である原告がこれを何ら修理せず放置しておいたために生じた)、被告が本件事故当日の夕方に、本件風呂釜の火を消した際、コックを十分に元の位置に戻さなかったためにガスがもれたかのいずれかである。

(2) 仮に、前記(一)(2)のように、原告の点火操作により本件風呂釜内にガスが充満したとしても、原告が右のような点火操作をしたのは、本件風呂釜の口火のつきが悪く一回の操作では点火しなかったからである。すなわち、被告は、本件風呂釜の機能を完全に保持すべきであるのに、不注意によって、右保持を怠ったものである。また、被告は、右のように、口火のつきの悪い本件風呂釜の点火操作を原告に行わせるにあたっては、事前に操作方法について注意すべきことを原告に知らせるべきであるのに、不注意によって右告知を怠った。以上は、いずれも被告の過失であり、右過失によって本件事故が発生した。

3  損害

本件事故により生じた原告の損害は、次のとおりであり、その合計は、二七一二万七三六六円である。

(一) 治療費 七三万一二九〇円

原告は、青山外科病院に対して、昭和四七年二月一日より昭和四八年九月三〇日までの入院治療費九万一七〇〇円を支払い、同年一〇月一日より昭和四九年九月二九日までの入院治療費四七万二九九〇円は未払いなるも支払請求を受けている。

原告は、国分寺南町診療所に対して、昭和四九年一一月九日より昭和五一年二月四日までの入院治療費一三万九九〇〇円を支払った。

原告は、腰椎用軟性コルセット、手背屈装具費用二万六七〇〇円を費やした。

(二) 入院雑費 七一万二五〇〇円

原告は、昭和四七年二月一日より昭和四九年九月二九日まで、及び同年一一月九日より昭和五一年二月四日までの入院期間(一四二五日)中、一日平均五〇〇円合計七一万二五〇〇円の諸雑費を要した。

(三) 傷害による慰謝料 二〇〇万円

原告は、前記の如き重症をうけ、事故以来今日まで約四年近くは入院して治療をつゞけている。これに対する慰謝料は二〇〇万円が相当である。

(四) 後遺症による慰謝料 八〇〇万円

原告は、本件事故により前記のごとき後遺症を負う身となった。原告が身につけていた、保母、ピアノ教授、洋裁の特技のいづれをも生涯生かすことのできなくなった同人の精神的苦痛は、はかりしれないものがあり、これに対する慰謝料は八〇〇万円を下らない。

(五) 労働能力喪失による逸失利益

一三二八万三五七六円

(1) 平均年収額 八八万二九二三円

イ 保育園保母としての事故前一年間の給与所得 六六万六九二三円

ロ ピアノ教授による年間収入 九万六〇〇〇円

ハ 洋服仕立による年間収入 一二万円

(2) 就労可能年数 二三年

事故当時四四才であったから六七才まで

(3) 労働能力喪失率 一〇〇パーセント

(4) 中間利息控除 新ホフマン係数 一五・〇四五

(5) 本件事故時における逸失利益の価額 一三二八万三五七六円

計算式

882,923×15.045=13,283,576

(六) 弁護士費用 二四〇万円

原告は、昭和五一年六月七日本件訴訟の追行を法律扶助協会を通じ弁護士大野忠男に委任し、事件完結後に法律扶助審査委員会で決定する謝金を支払うことを約した。右委員会で決定する謝金額は訴訟において得る利益の一〇%を下らないことは公知の事実であるから、上記損害賠償金(一)乃至(五)の合計二四七二万七三六六円の約一〇%にあたる二四〇万円は成功謝金として同弁護士に支払わなければならないから、右弁護士費用も本件事故によって受けた損害である。

4  結論

よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記損害金合計二七一二万七三六六円及び右損害金の内慰謝料と逸失利益の合計二三二八万三五七六円に対して昭和四六年八月一七日より、右損害金の内治療費と入院雑費の合計一四四万三七九〇円に対して本訴状送達の翌日である昭和五一年七月一日より、それぞれ完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、(一)から(三)を認め(但し、本件風呂釜が壁にはめこみ式になっていたことを否認する)。(四)の(1)から(5)の傷害を原告が受けたことは知らないが、右各傷害が本件事故によるものであることを否認する。

2  請求原因2(一)(1)の事実のうち、本件風呂釜が壁にはめこみ式になっていたことを否認し、その余を認める。

同2(一)(2)の事実及び同2(二)(1)、(2)の事実を否認する。

3  請求原因3の事実は知らない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の(一)から(三)の各事実は、本件風呂釜が壁にはめこみ式になっていたことを除き、当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、請求原因2(帰責事由)の(一)(民法七一七条一項による責任)について判断する。

1  本件風呂釜の構造について

(一)  本件風呂釜が本件事故当時、壁にはめこみ式のものであったとの点については、原告本人の供述(第一、二回)以外には、これを肯定する証拠がない。

証人宮下、同和田、同塙及び被告本人は、本件風呂釜は、本件事故当時、はめこみ式ではなく外釜式である旨供述し、証人宮下、同和田及び被告本人は、本件事故当時の本件風呂釜は《証拠省略》の写真に撮影されている風呂釜である旨を、証人塙は、本件事故当時の本件風呂釜は《証拠省略》に撮影されている風呂釜である旨を、それぞれ供述している。右各証拠に検証の結果をあわせて考えれば、検証時に本件事故現場に存した風呂釜は、右各写真の風呂釜であることが認められ、右各写真及び検証の結果によれば、右風呂釜が、はめこみ式ではなく外釜式であることは明らかである。そして、検証の結果によれば、検証時の建物の構造上は、本件風呂釜をはめこみ式にすることは困難であることが認められ、かつ、本件風呂釜付近の建物を改造したことを認めさせるに足りる状況は存在しない。

(二)  右各写真の風呂釜、すなわち、検証時に本件事故現場に存した風呂釜は、昭和四三年一一月二一日より後に本件事故現場に設置されたものであることは、検証の結果によって認めることができる。ところで、仮に、同日より前に本件建物が建築されたとしても、右風呂釜が右建築と同時に設置されたものでないとすれば、右建築と右設置の両事実は矛盾することにならないのは言うまでもないが、証人宮下、同塙及び被告本人は、いずれも、右建築と同時に右風呂釜が設置された旨供述するので、次に、右建築の時期について考えることにする。

《証拠省略》によれば、本件建物は昭和四三年八月一一日以降に建築されたものと考えざるをえず、証人宮下、同塙及び被告本人も、本件建物は昭和四四年に建築されたものと供述している。右各証拠及び《証拠省略》を総合すれば、本件建物は昭和四四年に建築されたものと認められる。

《証拠省略》の本件建物の建築時期に関する部分は、あいまいであって、右認定を覆すに足りない。

《証拠省略》記載の各供述は、調査目的も明らかにされずに行われた原告からの電話による照会に対する回答であって、その性質上、全体として信用力の低いものと考えざるをえないのみならず、右各供述は、それ自体不明確なものか、証人東條の証言に照らして措信できないものであるかのいずれかに帰し、右認定を覆すに足りない。

他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  以上の判示に照して考えれば、本件風呂釜は、本件事故当時、壁にはめこみ式のものではなく外釜式であり、検証時と同一の風呂釜であったと認められ、右認定に反する原告本人の供述(第一、二回)は採用することができない。

2  本件風呂釜の瑕疵について

(一)  《証拠省略》を総合すれば、次の(1)から(4)の事実の存在がうかがわれる。右各証拠に反する原告本人の供述(第一、二回)があるが、前記各証拠よりも、原告本人の供述をより信用すべきであると認めるに足りる証拠はない。

(1) 昭和四六年八月一六日の本件事故当日に、本件事故発生に先立ち、被告が本件風呂釜を使用して風呂をわかしたことがあるが、その際には、何の異常事態も発生しなかった。

(2) 本件事故当日、本件事故の発生前において、本件風呂釜付近からガスの臭いはしていなかった。

(3) 本件事故当日又はその翌日ころ、本件風呂釜を設置した宮下幸が調べたところ、本件風呂釜に異常はなかった。

(4) 本件事故発生直後において、本件風呂釜及びその付近の設備、器具等は、破損してはいなかった。

(二)  原告本人は、まず本件風呂釜の口火コックをひねり、次のコックをひねろうとしたら、爆発が起こったと供述している。右供述を前提とすれば、本件風呂釜に何らかの欠陥があったのではないかとの疑問が生ずるが、原告本人の供述は、すでに判示したとおり、本件風呂釜の構造について事実と反するものと考えざるをえず、このことと(一)掲記の各証拠に照らして、原告本人の右供述は採用することができない。また、「和田が、本件事故直後、外のボンベのコックがはずれていると叫んだ」旨の原告本人の供述(第一、二回)も、証人宮下、同和田の各証言に照らして疑問があるのみならず、右のこと自体が本件風呂釜の欠陥を推認させるものとして十分なものとは言えない。

さらに、《証拠省略》に撮影されている注意書の内容が、仮に本件風呂釜の欠陥を推認するに役立つものとしても(そう考えてよいかについては疑問があるが)、右注意書が本件事故発生当時又はそれより前に本件建物内に掲示されていたと認めるに足りる証拠はない。

(三)  他に、本件事故発生当時、本件風呂釜に何らかの瑕疵があったと認めるに足りる証拠はない。

3  そうだとすれば、その余の点について判断するまでもなく、民法七一七条一項に基づく原告の請求は理由がない。

三  次に、請求原因2(帰責事由)の(二)(民法七〇九条による責任)について判断する。

1  この点に関する原告の主張のうち、本件風呂釜の瑕疵(欠陥)を前提とするものは、すでに判示したところから明らかなように、理由がない。

2  したがって、ここでは、請求原因2(二)(1)のうち、「被告が本件事故当日の夕方に、本件風呂釜の火を消した際、コックを十分に元の位置に戻さなかったためにガスがもれた」旨の原告の主張について判断すれば足りることになるが、本件全証拠によっても右事実を認めるに足りない。

3  そうだとすれば、その余の点について判断するまでもなく、民法七〇九条に基づく原告の請求は理由がない。

四  よって、原告の請求は、いずれも失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤滋夫)

〈以下省略〉

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